仙台赤門短期大学 看護学科

宮城県仙台市の看護師養成学校|仙台赤門短期大学 看護学科

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教職員コラムリレー
Akamon Column Relay

第43回挫折があったからこそ

本学非常勤講師(国語専門塾 K'sセミナー主宰)蛎崎 暁子

果たして、順風満帆の人生などあり得るのだろうか。他人からは順風満帆にしか見えないような人でも、

実際は「山あり、谷あり」の人生だったりする。

誰しも人生の中で一度は、挫折を味わったことがあるのではないだろうか。

 

     人生初の挫折

思い起こせば、私にとって人生初の挫折といえるのが就活のとき。

第一志望の放送局で、アナウンサー試験を受けた。

筆記試験、原稿読み、カメラテストを経て、最終面接まで行った。

残った数人が横並びの面接だったので、客観的に自分を捉えても、「勝った」と思った。

が、結果は不合格・・・。

その時味わった挫折感が、その後の私の人生を大きく左右したと言っても過言ではない。

若い頃にありがちな「根拠のない自信」を見事にへし折られた、まさに初の挫折だった。

その時のアナウンス部長という立場の方が「君は他の放送局も受けてみた方がいいよ。絶対。」と言ってくれたが、

その言葉は私にとって何の慰めにもならなかった。

後でわかったことだが、合格したのはスポンサーのお嬢さん、一名だけだったとのこと。

その時点では、そんなからくりなど知る由もなかったので、

私の落ち込みようは誰の目からも見ても分かり易かったと思う。

三日間、誰とも口も聞けず、食いしん坊の私が食べ物を受け付けなかった。

後で思えば、たった一社落ちたぐらいでめげていた自分が、いかに幼稚だったかということだが、

そのまっ只中にあっては、やはり受け入れ難いものだった。

大げさに聞こえるだろうが、この世の終わりのような気分だった。

人間はとことん落ち込むと、あとは這い上がるしかないようにできているのかもしれない。

有難いことに時間が解決してくれた。

「悔しさをバネに」とはよく言ったものだ。

気持ちを切り替えて次に臨んだ。

採用されたのは地方の某テレビ局。

捨てる神あれば拾う神あり。

私は拾ってくれた神に心から感謝し、何でも吸収しよう、

きついことも率先してやろうと心に決め、貪欲に仕事した。

実際、いくつもの壁を乗り越え、自分が鍛えられていると実感できた。

やがて、自分の可能性を試してみたいと思い、フリーになった。

使い物になるか否かは自分次第だった。

 

    台本を放り投げたⅯ氏

ある番組で、有名な大物司会者Ⅿ氏と司会を担当することになり、私は彼に失礼のない様、

細心の注意を払い、分厚い台本すべてを頭の中に叩き込んで本番に臨んだ。

いざ本番。

ところが直前にⅯ氏は、「僕、台本は全然覚えてないから、君、よろしくね」と台本をポーンと放り投げたのだ。

絶句している私に彼は微笑みながら肩をたたいた。

冗談はやめてくれぇーと思ったが、途方に暮れている場合ではなかった。

人生、予期せぬことが起こるものだ。

やるしかない。

好き勝手に話すⅯ氏のフォロー役に徹するしかない。

そう覚悟を決め、臨機応変に相槌を打ち、四時間に及ぶ収録が無事に終わった。

ディレクターが、「上手くやってくれてありがとう」と私に目配せをした。

「お疲れ様でした」と返した私の顔は完全に引きつっていたと思う。

 

     まさかのトークショー

また、ある有名映画監督Ⅰ氏のトークイベントでのこと。

私は司会役で、最初に彼を紹介し、終わってからお礼のコメントを言う程度の役割だった。

主役はあくまでⅠ氏。

女性ファンが大勢いた。

私も客席で彼のトークを聞いて楽しむつもりでいた。

が、またもや予期せぬことが起きた。

本番直前になって彼から一緒に掛け合いのトークショーにしようとの提案。

そんな冗談はやめてくれぇー。

私の心の声は届かず、スタッフはさっさとステージに応接セットを準備し、満足そうに私に笑顔を見せるのだった。

なんでこうなるの?まさかの展開に目の前が真っ暗になりながらも、やるしかなかった。

Ⅰ氏について大した情報も持ってないまま、ぶっつけ本番となったのだった。

顔で笑って心で泣いて・・・。

なるようになれ!もう、破れかぶれだった。

今思うと、恐怖体験に近いのだが、「若さ」というその一点でこの恐怖を乗り越えたような気がする。

客席では誰もが最初からこういう演出だったと思い込み、疑う人などいなかった。

終わってからお客様に「とっても楽しかった。」と言われ、ほっとしたのを覚えている。

本当に予期せぬことが起こる。

仕事上それは何度も経験してきた。

その度に「出来ません」とか「無理です」という言葉は一切言えないのだ。

 

     企業のトップに話を聞く

という訳で、フリーになってからの自分は、想像以上に鍛えられた。

数々の予期せぬ出来事に見舞われ、柔軟性、臨機応変さを身に付けることができただけではない。

「企業のトップに話を聞く」経済番組を三年間担当できたことは、あらゆる角度から社会を学ぶ絶好の機会となった。

どの社長の話も説得力があり、驚きと発見の連続だった。

企業が求める人物像には共通点があることに気付く。

例えば、素直さ、ひたむきさ、コミュニケーション能力などだ。

一つ一つの取材が私にとって大いなる財産になった。

 

     子どもたちの心を育てる

テレビ局に入社し、その後フリーとなってテレビ・ラジオ番組、イベント司会などを担当し、

今、塾業界では異色の経歴の私が国語専門塾を主宰している。

私のこれまでの経験を通して、子供たちに伝えたいことが山ほどある。

大切なことはテストで百点を取る事ではなく、社会で活躍できる人間になるということ。

自分のなりたい職業で自分自身を輝かせること。

大学がゴールではない。

これからの人生を豊かにできるかどうか。

そのために今からどう自分を鍛えていくのか。

それは君たち次第だ。

 

    今、私は

負け惜しみではなく、今はっきり言える。

第一志望だった放送局よ、あの時、私を不合格にしてくれてありがとう。

挫折や数々のピンチが自分を成長させてくれたことは確かだ。

だから若者たち、子供たちに言いたい。

挫折を味わっても立ち上がれ。

最後まであきらめるな。

諦めない限り、可能性はあるのだから。