第52回看護人間関係論から学んだこと
今年度から看護人間関係論を4回担当することになった。
その授業内容を下記に記す。
1回目:患者と看護師の関係における看護理論家の看護概念の理解
(ペプロウ、オーランド、トラベルビー)
2回目:カウンセリングの理論とスキル
3回目:コーチングの理論とスキル
4回目:アサーションの理論とスキル
その結果「楽しかった」かつ「面白かった」。
新しいことをするのはエネルギーが必要だし、正直なところ大変に疲れる。
がしかし、結果、楽しいし面白いに尽きる。
それは何故か。
その理由は、新しいことを学べるからだと思う。
楽しかったことについて下記に記載する。
・トラベルビーの看護理論とその背景について
トラベルビーは、ヴィクトール・フランクルの実在主義思想に強く影響を受けている。
フランクルは、第2次世界大戦の強制収容所での体験を綴った「夜と霧」の著者で、
世界的に有名な精神医学者であり、哲学者でもある。
フランクルは、苦悩のなかで人間を支えるのは「自分の人生を意味ある人生にしたい」という「意味への意思」だと語った。
強制収容所から生還した人達は「希望」や「目的」を持った人達であったと語っている。
トラベルビーはフランクルの影響を受け、
看護とは「その体験のなかに意味を見出せるように援助する人間関係のプロセスである。」と述べている。
自分の人生を意味ある人生にするとはどういうことか。
学長が、入学式で、祝辞として新入生に向けて
「考えることをしてほしい。考えることによって(中略)人生が意味あるものになる。」というようなことをおっしゃった。
(学長、間違ったら、ごめんなさい。)
考えること→人生が意味あるものになる→充実した人生を送れると私は勝手に解釈している。
私は、小学生の時、(3年か4年生だったと思う)一人泣きながらアンネの日記(漫画)を
押し入れの中で読んでいたことを思い出した。
酷いことがあるものだと辛くなり泣いていたのだと思う。
・コーチングの理論とスキル
コーチングとは、コミュニケーションを通して、相手が自分の内面にある答えに気づき、
やりたいことや目標に向けて行動することをサポートすることである。
ティーチングのように教え込むのではなく、相手が内面に持っているものを引き出し、
その人の目標に向けて一緒に歩むのである。
コーチングは人間の基本的スキルであると、本間正人氏の著書「コーチング入門」には書いてあったが、
相手が内面に持っているものを引き出すことさえ至難の業である。
・アサーションの理論とスキル
私はこれまで「黙っていた方が良い」との教育を受けてきたような気がする。
しかし、自分の思いを語っても良いのだということを、このアサーションの理論とスキルで学んだ。
アサーティブとは、自分も相手も大切にした自己表現で、自己主張をすると同時に、
相手の気持ちや考えを尊重できる表現である。
お互いにアサーティブであれば、時には葛藤を生じることがあるかもしれないが、お互い同意した結果が得られるだろう。
マーチー・ルーサー・キング牧師のスピーチ ― I Have A Dream! ― 私には夢がある!もアサーションであることを知った。
感激した。
・まとめ
今回の授業を通して歴史の出来事を振り返ることができた。
「知る」ということは楽しい。
「知る」ということは人生を豊かにすると思う。
ここでまた、学生時代に読んだ宮本百合子著の「知は力なり」という言葉を思い出した。
「知」は力であっても外からは見えない。
力持ちは筋肉が隆々していて外から見える。
しかし「知」というものは、内部にあり外からは見えない。
その人の中に潜むもの、存在するものである。
エリクソンは人生の最後の段階を「英知と絶望」と語っている。
「知」というものは目に見えないだけに、奥深く、素晴らしいものなのであろう。
何故、人は争うのか。
一つはコミュニケーションのスキルが分からないからではないか。
一つはコミュニケーションの「知」が不足しているからではないか。
看護で用いる看護過程の看護問題で「○○不足」と書くことがある。
であれば、人が争うのはコミュニケーション不足からではないか。
今回は、思うままに綴ってしまった。
パラグラフライティングには程遠く、読みにくかったと推察する。
ご容赦ください。
この写真はお歳暮で頂いたシクラメンです。
シクラメンの温度管理のために、温度計を購入しました。
現在も小野の研究室で4本の花が咲いています。
シクラメンを観るたびに、贈ってくれた人の事(気持ち)を思い出します。