仙台赤門短期大学 看護学科

宮城県仙台市の看護師養成学校|仙台赤門短期大学 看護学科

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解説:N501Y変異って、なに?

2020年初頭に新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が我が国に上陸して以降、

その感染症(COVID-19)が流行・蔓延して、現在も極めて深刻な問題となっています。

4月の流行第1波、8月の第2波の頃は、1日当たりの新規感染者数の最大値は、全国で720人(4月11日)、1,605人(8月7日)であり、

欧米に比べれば非常に少ない人数で済んでいました。

日本人にはファクターXが備わっているので、COVID-19に「抵抗性」「耐性」なのではないか、といった推論が流布し、

臨床医家も新しい感染症の経験を積むゆえ、対処方策は万全になるだろうと期待されていました。

筆者も、そう信じておりました。

ところが事態はその後、悪化の一途をたどっているのは、ご承知の通りです。

2021年に入って流行の第3波では、1日当たりの新規感染者数の最大値は7,957人(1月8日)。

本稿を執筆している5月1日現在は、第4波の最中にあり、5,984人に上ります。

1年前の5~10倍です。

第4波の特徴は、感染者数の爆発的増加という、量的側面ばかりではありません。

重症化するまでの日数が短縮し、あっという間に重症化する。

基礎疾患を有さず健康な、高齢でない青年・成人(は以前、無症状~軽症で済むといわれていた)でも、重症化しうる。

結果的に重症者数も増加しています。

こうした悪化の理由の1つがウイルス変異株の出現であると、メディアでは報道されています。

医療崩壊の寸前にある大阪府では、新規感染の8割が変異株、東京でも6割を占めています。

変異株が従来型を駆逐し、置き換わったと言ってもいい状況です。

我が国で検出されている変異株は、WHOの定義するVOC(variants of concern, 懸念される変異株)の1つ、英国型(VOC202012/01, B.1.1.7)が大部分です。

英国型の登場に伴い、その特徴である「N501Y変異」なる用語も、マスコミに頻出するようになりました。

N501Y変異により、ウイルスは感染力を増した、という解説です。

さて筆者が新聞記事を読み、テレビ報道を聞き、ネットを検索して、不思議に思うのは、

「N501Y変異により、ウイルスは感染力を増した」のが、事実だとしても、なぜ、変異が感染力を増大させたのか、

市民向けの説明がないことです。

もちろん、研究者の間では、そして加齢研の先生方の間では、とうに分かっていることなのでしょうが、

筆者のような一般人には分からない。

仕方がなく、自分でちょっと勉強し、その内容を解説記事に仕立てることとしました。

恥は承知の上なのですが。

なお、世上では英国型変異株は、感染力を増しているばかりか、より重症化をきたしやすいようにも言われていますが、

本稿では感染力に限って、ウイルス学の立場からお話します。

 

【細胞内でのウイルス粒子の形成と、細胞外への粒子放出】

ウイルスの全体像の中にN501Y変異を位置付けて述べた方が理解しやすいので、遠回りになりますが、

ウイルスのライフサイクルから話を始めます。

細胞がウイルスに感染する、感染が成立するとは、何をもってそう言うのでしょうか?

ウイルス・ゲノムが、細胞内に送り込まれれば、感染が成立します。

SARS-CoV-2のゲノムは、約3万塩基長の1本鎖RNAであり、これが細胞の核内に到達します。

RNAはメッセンジャー・センス(プラス鎖とも言います)なので、プラス鎖から先ずマイナス鎖を複製し、

マイナス鎖を鋳型にして、プラス鎖を複製したり、mRNA鎖を合成します。

複製は、ウイルス・ゲノムにコードされるRNAポリメラーゼが担っていますが、

複製に伴うエラー(が、変異の原因になります。変異自体は確率的事象です)は、

同じくゲノムにコードされるエキソヌクレアーゼによって校正されるので、ゲノムが非分節であることと併せて、

コロナウイルスの変異頻度は実は高くはないと言われています。

mRNAは小胞体上のリボソームに運ばれて、ウイルスたんぱく質が合成されます。

ウイルス粒子を構成する主要なたんぱく質は、4つ。

E(エンヴェロープ)タンパク質、M(膜)タンパク質、S(スパイク)タンパク質、N(ヌクレオカプシド)タンパク質です。

この中でSタンパク質は、小胞体で合成された後、ゴルジ体に運ばれ、糖鎖を付加されます(主にN型糖鎖ですが、O型糖鎖もあります)。

以上の素材が合成されたところで、次に粒子を形成するステップに進みますが、その場所が、トランスゴルジネットワーク(TGN)です。

Eタンパク質・M タンパク質がTGNの膜に埋め込まれると、膜の曲率に変化が生じ、膜はどんどん丸く膨らみます。

最後には球形粒子としてちぎれ、TGN内腔へと出芽します。

したがってSARS-CoV-2は、TGNに由来する脂質二重層、エンヴェロープ(外殻)で包まれたウイルスなのです。

一方、この時、TGN膜の細胞質側には、Nタンパク質とゲノムであるプラス鎖RNAが集合合体して、カプシド(内殻)としてウイルス粒子に取り込まれます。

こうしてTGNの内腔には、ウイルス粒子が蓄積されることになりますが、TGN からは細胞内小胞輸送の一環として、エンドソームが形成されて出芽。

エンドソームが細胞表面膜まで輸送され融合すれば、エンドソーム内のウイルス粒子は細胞外へと放出されます。

さて、本稿の主題であるSタンパク質は、ウイルス粒子の細胞への吸着と侵入を担うタンパク質ですが、

実は粒子形成の段階で既に、次の新たな感染のための準備を行っています。

それを示したのが、図の中段にある、S1/S2開裂部位です。

Sタンパク質は本来、1,273個のアミノ酸(aa)残基からなりますが、その主要なモチーフ・ドメインを列挙しますと、

N末端から、シグナル・ペプチド、レセプター結合ドメイン(RBD)、S1/S2開裂部位、

S2’ 開裂部位、膜貫通ドメイン、細胞質ドメインとなります。

Sタンパク質はいずれ開裂を受け、N 端由来のS1サブユニットと、C端由来のS2サブユニットに分かれます。

そしてRBDは、S1サブユニット内に位置します。

さて新たに合成された完全長のSタンパク質は、そのシグナル・ペプチドに導かれて、TGNの膜を貫通し、

N末端がTGN 内腔に飛び出し、膜貫通ドメインを除いたタンパク質の大部分(aa13~1,208)がTGN内腔に突出した、3量体として存在します。

aa1~1,208 の合成断片を用いた構造解析によれば、3つのRBDは、

「アップ」と「ダウン」と呼ばれる2つの状態を行ったり来たりしているらしい。

「アップ」では、3つのうち1つのRBDがopen、「ダウン」では、3つのRBD全てがclosedの状態となります。

この平衡状態と、S1/S2開裂の関係がはっきりしないのは残念ですが、

TGN に局在するSタンパク質は、SARS-CoV-2特有の変異ゆえに、S1/S2部位で開裂を受けることになります。

つまり、SARS-CoV-2のS 遺伝子には、SARS-CoVにはない12塩基の挿入があり、

塩基は4アミノ酸残基(図中に下線で示した681PRRA)に翻訳され、結果として682RXXRという(図中の太字)、

フリン酵素のコンセンサス配列が生じ、フリン酵素により、685RのC端側で切断されるのです。

こうしてSタンパク質は、膜にアンカーしたままのS2サブユニットと、切り離されたS1 サブユニットに分かれますが、

S1は遊離せず、非共有結合でS2と共存したまま粒子上に残ります(3量体の全てが、開裂を受けると思われます。

そして開裂の結果、RBDがより露出され、受容体と結合しやすくなると期待されます)。

フリン酵素は、TGN に局在する分子として、小胞輸送の研究分野で繁用されるマーカーです。

なお、696TのC端側は、ライソゾームの酵素であるカテプシンによって切断されうる部位ですが、

その意義は不明です(SARS-CoVのSタンパク質は、696T 相当部位で切断されます。SARS-CoVとは、2002年に流行したSARSウイルスのことです)。

まとめますとSタンパク質は、aa685-686間で第1段階の切断を受け、S1/S2複合体の状態を保ちつつ、

ウイルス粒子は細胞の外へと放出されます。

 

【ウイルス粒子の細胞への吸着と侵入】

Sタンパク質3量体中の、3つのRBDの「アップ」「ダウン」状態が、S1/S2複合体にも当てはまるのかどうかは、不明です。

いずれにしても、3量体中の1つのS1サブユニット・1つのRBDが、ヒト細胞(肺胞上皮細胞などの標的細胞)の

細胞膜上に発現しているACE2(アンギオテンシン変換酵素2)に結合するのが、ウイルス粒子の細胞受容体への吸着の本態です。

RBDはSタンパク質のaa328 ~533の領域に相当しますが、図中上段に太字で示した9個のアミノ酸残基が、ACE2との結合を担っています。

SARS-CoV-2の英国型Sタンパク質においては、変異が9か所も見つかっています。

そのうちの1つは、501番目のN(アルギニン残基)が、Y(チロシン残基)に置換するもので(N501Yと表記します)、

これは太字、即ちACE2受容体と接触する残基ゆえに、変異の影響が注目されているわけです。

aa319 ~541の合成断片(RBD)とACE2を用いて、表面プラズモン共鳴法で解離定数を測定すると、従来型が5nM であったのに対し、

N501Y変異を有するRBDのそれは0.5nMであったといいます。

つまり、N501Y変異は従来型の10倍、受容体への親和性が高かったのです。

従来型の501Nは、ACE2の41Y と水素結合しているだけなのに対し、英国型の501Yは、ACE2の41Yとベンゼン環同士が重なり合って引き合い、

しかもACE2の353K とも水素結合すると推測されています。

そもそもSARS-CoV-2のRBDは、SARS-CoVのRBD に比べて、7倍ほどACE2への親和性が高まっていたのですから、

SARS-CoV を基準にすれば、N501Y 変異はx7x10=x70倍も親和性が上昇したことになります。

英国での疫学調査によれば、英国型変異株の感染力は、従来型に比べ、1.5倍ほど上昇したと報告されています。

理由の少なくとも1つは、N501Y 変異を有するRBDの、ACE2への親和性増大に帰してもよさそうに思われます。

さて、RBDがACE2に結合すると、何が起こるのでしょうか?先に、Sタンパク質中のS1/S2 開裂部位を示しましたが、

そのもう少しC端側にもう1つ、S2’ と呼ばれる開裂部位があります。

815RのC端側で切断されるのですが、この切断は、ウイルス粒子RBD がACE2に結合して細胞膜に近接した瞬間?に、

細胞膜上に局在するTMPRSS2という、プロテアーゼによって実行されます。

814KR(太字)という2つの塩基性アミノ酸残基の連続が、TMPRSS2にコンセンサス配列を提供しているのです。

普遍的に存在するフリン酵素に対し、TMPRSS2の発現は限定的で、例えば肺胞上皮細胞などにしか発現していません。

したがってSARS-CoV-2の標的細胞は、ACE2(+)TMPRSS2(+)の細胞に限られるわけで、

その意味で、受容体and開裂酵素の有無がウイルスの標的指向性(トロピズム)を決めていると言えます。

戻りますと、RBD-ACE2の結合により、S2’ が露出するような構造変化が起こり、TMPRSS2が作用可能になるのです。

それで、S2’ に切断が入ると、最後に何が起こるのでしょうか?

それまでS1/S2複合体として存在していたS1は遊離し、放り出されてしまいます。

そして、S2’ の断端がむき出しになります(S2サブユニットの3量体全てがそうなるという、明確な記載は見つけられませんでした)。

S2’ の配列では、下線を施したアミノ酸残基に注目してください。

816XFIXXLLFXXVXLA と、極めて疎水性に富んでいます(Fフェニルアラニン、Iイソロイシン、Lロイシン、Vヴァリン、Aアラニン)。

S2’ のN末断端はその疎水性のために、細胞膜に陥入していくと思われます。

S2サブユニットのC末端は膜貫通ドメインでもって、ウイルスのエンヴェロープにアンカーしていますから、

S2サブユニットは今や、細胞膜とウイルス・エンヴェロープとを架橋する形となり、

最終的に膜(標的細胞の表面膜)と膜(もともとは細胞のTGN膜に由来する)との融合を果たすのでしょう。

これでようやく、粒子内のゲノムRNAが細胞内に送り込まれ、細胞への感染が成立して、

ウイルスの物語は一巡したことになります。

 

【追記】

書き終えて、ウイルス学におけるタンパク質分解と活性化の話題は、古くて、新しいものと感じます。

昔々、筆者の医学生時代、恩師である本間守男先生は、センダイウイルスのF(融合)タンパク質。

筆者が博士研究員時代にお世話になったLuftig博士は、レトロウイルスのプロテアーゼ。

筆者自身も国立アレルギー感染症研究所で(Chanock博士)、RSウイルスのG(吸着)・F(融合)タンパク質遺伝子。

すべて、タンパク質分解がらみの研究でした。

 

東北大学加齢医学研究所 研究会同窓会 発行の「加齢研ニュース」

第75号8-12頁、令和3年6月1日