学問の形成について
今から五十年前といえば、小生はちょうど、大学の医学部に入学した年であります。それで、当時の医学生の勉学はどんなものであったか、ちょっと振り返ってみます。入学して2年間は、基礎的・教養的な諸科目を修学します。3年生になっていよいよ、本来の医学の勉強がスタートするのですが、先ずは解剖学・生理学・医化学といった生理系の諸学問。次いで4年生で習う病理学で、初めて病気に出会います。「がん」や「腫瘍」といった概念に初めて触れるのが、病理学なのですが、「がん」は、循環障害や炎症といった、その他の病理的範疇と並列に扱われておりました。が空く念が進み、臨床医学に移りますと、たとえば内科学では胃がんを、外科学では食道がんを、耳鼻咽喉科学では上顎がんを、といった具合でした。つまり、医学部で修学するどの科目においても、「がん」が一つの独立した科目として扱われることはなかったのです。
そんな折、医学部学生にとって、研究所はあまり縁のない組織でしたが、抗酸菌病研究所に臨床がん化学療法部門なる研究室が存在することを、耳にしました。「がん」を、講座や研究室の名称に冠することは極めて珍しく、何も知らない学生にとっても、へえ、そういう研究領域があるのだと、新鮮な驚きを感じたことを覚えております。
それから、茫々の日々が流れて、五十年。私個人でいえば、医学生の二十歳から、退職までの七十歳。ゆえに、五十年という期間は、いわば人が社会に出て活動している期間に相当します。人間(じんかん)で活動し、この世を辞するにあたっての辞世の句。有名なセリフを紹介しますと、「見るべきほどのことは見つ」 歴史上の人物の誰が、どういう場面で残したフレーズか? 出典は何か? 高校時代に習ったはずですが、忘れた場合は、ネットでお調べください。この世がどんなものか、見ておくべき事柄は見た、経験したといったほどの意味かと思います。
五十年前の臨床がん化学療法部門が、現在の臨床腫瘍学分野に変遷するまで、部門・分野は、さて、何を見たのでありましょうか? それは、臨床腫瘍学、クリニカル・オンコロジーの確立である、と言えるかと思います。諸々の学科目の間にバラバラに存在していた、「がん」に関する研究が、創造的な発展を遂げ、知見が統合されて、ついに一つの独立した学問として確立されたのです。そして、部門・分野は、単に見ただけではない。経験した。いや、少なからず当該学問の形成に貢献したのでありましょう。開講五十周年を祝う意義は、まさしく学問の樹立を祝うことにあるものと思われます。
ですので、五十年は一つの区切りです。であれば、これから、さらなる五十年後に、再びの区切りがあるものと思われます。臨床腫瘍学分野の皆様におかれましては、学問のさらなる発展に献身し、寄与してくださることを祈っております。そう信じて、お祝いの言葉といたします。
東北大学加齢医学研究所 臨床腫瘍学分野 開講五十周年記念祝賀会にて 祝辞より
(令和元年11月2日)