COLUMN

【第154回】~仙台七夕まつりから連想したこと~

もうすぐ仙台七夕まつりだ。「七夕」と聞くと万葉集を連想する。おそらく中学の授業中で教師が「万葉集は七夕の歌がたくさんあるんだよ」と言ったことからだと思うが、私はそれをきっかけに興味を持ち、自称万葉集オタクになっていった。当時はインターネットのようなツールはなく、中学校の図書館にある数冊の万葉集関連の本を読みつつ、歌に詠まれている情景を好きなように思い描いていた気がする。
 
詠まれている歌の中で、「信濃なる千曲の川のさざれ石も君し踏みてば玉と拾はむ」(詠み人知らず)が最も印象的だった。「好きな人なら踏んだ物でも宝物だし飛び上がるほど嬉しかったんだろうなぁ。宝を手に入れたあなたはなんてラッキーな人なんだ。恋する人はいつの時代も同じだな。」と思った記憶がある。その15年後、私が教員として最初に赴任した地は千曲川の流れる長野県だった。せっかくだから千曲川を見に行ってみようと川沿いに車を走らせたが、長野県初心者の私は道に迷った(当時カーナビは普及していない)。リベンジしたドライブでは無事に千曲川へ辿り着いたが、川の畔までの行き方が分からない。それよりも川が大きすぎて川の畔まで行って良いかも分からず遠くから川と石を眺め、中学の頃のように情景を思い描いてみることにした。ところが、「あの時代は足場も悪く関節への負担が大きかったのでは?転倒による受傷後の創傷管理は?止血は?感染のリスクは?川の氾濫は大丈夫だった?肺炎は?」と、恋ではなく職業柄気になる内容が次々と出てきた。
 
千曲川の初見から25年経過した今、中学生の頃に最も読み返していた『万葉の人びと』を再び手に取り情景を思い描いてみようと思っている。

 
参考文献:犬養孝,万葉の人びと,新潮社,1981年

 
准教授 岩渕 起江