私も高齢者の仲間入りをし、89歳の母を抱えていよいよ老々介護が始まった。
母の要介護は5である。
つまり、一番重いレベルになる。
母は、ショートステイに入所中であるが、週末は自宅で過ごす。
ショートステイで過ごすのは、とてもかわいそうであるが、
介護について現実のレベルに落とし込んで考えると、私1人での介護は非常に困難である。
母の病院受診時、排泄時など、私1人での母の移動・移送は至難の業である。
ケアマネージャーは「1人で大丈夫ですか」と心配しているが、
私は、十分注意を払っていても私と母がともに転んだら転んだ時、
私の股関節を痛めたときは痛めた時だ、と腹をくくって介護をしている。
母の介護の後は指圧・マッサージを施術していただき、次の母の介護に備える。
しかし慣れとでもいうのか、母に合った独自の移動・移送ができるようになった。
がしかし、そうはいってもやはり私自身の体にこたえる。
ここで、母とのepisodeを挙げてみたい。
母が要介護3の時、私は母の入浴の見守りをしていた。
浴槽のなかで、母の体がクルリと回転し、体が浮いて浴槽から上がることが出来なくなった。
私はあわてて浴槽の栓を抜いて、浴槽に入り、母の体を持ち上げたが、
これまた重くて重くて持ち上げられない。
ここでもまた「脱臼したらしたでいいや」と腹をくくって、グイっと持ち上げたところ、
やっと母を浴槽から引き上げることができた。
幸い私の足は脱臼しなかった。
高齢者が浴槽で溺死するという話をよく聞くが、高齢者の筋力が衰え、
自分で自分の体幹を支えきれず、体幹が浮力に負け、体が浮いて回転し、
その結果、浴槽から上がることが出来なくなって溺死するのだろうと私は実感した。
また、食事中、母は口をもぐもぐしているので、どうしたものかと口のなかを覗いてみると、
刻まれた食べ物が口の中で溜まっている。
嚥下が困難になってきたのだろうと思っていると、熱発する。
しかし次の日あたりに平熱に戻る。
これを何回か繰り返す。
食事にとろみをつけるよう栄養士にお願いをして、嚥下体操を実施するよう介護士にお願いをする。
病院を受診すると医師は決まって「特養は?」と聞く。
私は「はい、申し込んではいますけど、100人待ちです。入所できるまで2~3年は待つそうです」と
機械的に答える。
同じ言葉を何度交わしたことか・・・。
高齢者の寿命が延びたことは喜ばしいことである。
しかし、高齢者の寿命が延びたことに対する支援はまだまだ不足していると感じる。
要介護2の母の介護から始まり、現在は要介護5の母の介護をしている。
かなり大変だが、これもまた良い思い出になると実感しているし信じている。
私は良い思い出を得ることができ、得をしたのかもしれない・・・。
下の写真は、ショートステイで母が不自由な手で作ったこいのぼりである。
これも、良い思い出である。
小野 八千代