仙台赤門短期大学 看護学科

宮城県仙台市の看護師養成学校|仙台赤門短期大学 看護学科

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教職員コラムリレー
Akamon Column Relay

第106回夜の巡回

熊田 真紀子

 以前、地図上にいろいろな情報(交通事故多発交差点、寺、病院・・・)が記載されていて、「この中で一番死者が多いところはどこでしょう」というクイズがあった。
答えは「病院」である。
私は、大学病院に長く勤務していたが、どこの病棟でも多くの「死」に向き合ってきた。
先天性の障害を持って産まれて手術の甲斐なく亡くなっていった多くの子供たち、元気になりたいと心臓の手術を受けて手術室から戻らなかった人たち、がんの闘病をしながら抗がん剤治療入院のたびに弱っていき、いつか顔を見なくなった人たち、救命センターでは搬送されてきた時に、すでに息のない人達もたくさんいた。路上生活者で身寄りもなく名前もわからないという人にも、介護ネグレクトで巨大褥瘡と虫や糞尿にまみれて運ばれてきた人にも、かつてその人が産まれてきたことを喜んだ親がいて、心ときめく恋愛をした青春があったはずだ、と思いながら対応する。
「病院の夜」には、そんないろいろな事情も思いも飲み込んだような、ひっそりと湿度のある暗闇がそこここに蹲っている。

ある夜。
午前1時の巡回で病棟の廊下を歩いていた時、くまたさ~ん』という声がかすかな風を伴って、足元をかすめていった。
「え?」と立ち止まったと同時に、脇の病室の灯りが点いた。
病室の扉を開けて「どうしましたか?」と聞くと、4人部屋の女性患者3人が起きていて不在のベッドを指し「〇〇さんが今、そこに立って私たちに声かけてきたの」と言う。
〇〇さんは、前日心臓手術を受けてICUに入っている人だ。
離れたナースステーションで電話が鳴っていて、一緒に夜勤の先輩が電話をとった。
『あぁ、そういうことか』と、わかってしまう。
〇〇さんが、ICUで亡くなったのだ。同じ病室の人と私に挨拶をして逝ったのだった。

別の夜。
午前3時の巡回に行こうとナースステーションの扉を開けると、1人の女性がボーっと立っている。心臓手術のために、青森から来ていた△△さんだ。そこに立っているのに、本体が揺らいでいるような魂が抜けているような実体感の無さに違和感をおぼえた。
私の顔を見ても何も言わず、うっすらと笑いを浮かべて、ただただジーっと見つめてくる。こわい。
「どうしましたか?」
「頭にね、電波が入ってくるの。隣の部屋で先生たちが私の頭の中を電波で調べているの。だから眠れなくて困っているの。電波がね・・・電波がね・・・・。」と。
これは、そうとうやばい状況ではないか。何とかなだめてベッドに寝かせたが、布団の下から妙に光る眼でじっと私の方を見ている。しかし焦点は後方30センチくらいにある感じ。
翌日、精神科を受診して食事の時以外はほぼ眠っている「睡眠療法」という治療を3日間行い、正常な精神状態に戻った。△△さんは、青森に残してきた夫と小学生の子供の事を心配するあまり、「頭に電波」状態になってしまったらしい。
生きてる人の方が怖い、と思った事例である。

  「ここのICUには、4人の悪霊がいるんだよ。」と、まじめな顔で麻酔科医のAが言う。
「へー、その悪霊ってふだん何してるんですかね。」(話半分でも2人だろ)と思いながら話を合わせる。
「患者さんがね、死にそうになるとベッドの4隅に集まってくるんだよ。その中で一番力が強い悪霊に、僕は弥三郎って名前を付けたんだ。」
(はい、そうですか)
「くまちゃんは、霊感強いから、よーく見れば弥三郎は見えると思うよ。」
(はいはい、今度見てみますねー)

この麻酔科医Aは、かつて宗教弾圧を受けた教祖様の直系の孫だとか言っていて、私の生年月日を聞いてから手相を見て「くまちゃんは晩婚だね(その時すでに30過ぎ)」とか言うやつだった。

ある日。
MRSA感染で、個室隔離している小児患者を受け持っていた際に、他の重症患者を受け持っているスタッフのサポートに忙しく、なかなか病室に入れず寂しがって泣く患児に困り「ちょっと、弥三郎!!いるんだったら手伝ってよ!この子看ていて!」と個室の中に向かって言った。
数分後に、個室を外から覗くと(ICUの個室は全面ガラス張りで中が見える)、誰もいない空間に手を伸ばし、さっきまで泣いていた患児がニコニコ笑顔になっている。ベッドの足元に装着されいる心電図モニターの送信機の上に、何やらイガイガした光の塊(20センチくらいの)が見えた。これが弥三郎か・・・?
(弥三郎~やればやれるじゃん~)悪霊に子守りをさせてしまった、のかもしれない。
数日後、朝の申し送りをしている時に個室の方からイガイガした光の塊が歩いて来て、私の足元を通り抜けて、ICUの扉から出ていくのが見えた。
麻酔科医Aが、ある時「最近、弥三郎がいないんだよ。」と言う。
「あー先週?朝の申し送りしている時に、ICUから出て行ったよ。イガイガした光の塊でしょ。子守りしてくれたよ。けっこういいやつじゃん。」
「そうそう、それ。弥三郎出て行っちゃったのかー。」という会話が普通に交わされる、超急性期・高度先進医療の大学病院ICUであった。

おしまい