仙台赤門短期大学 看護学科

宮城県仙台市の看護師養成学校|仙台赤門短期大学 看護学科

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教職員コラムリレー

第75回歳を重ねて想うこと

佐々木 龍

ふと気が付くとそれなりの歳になっていた。

あまり自覚がないだけに、バスに乗っていて小学生に席を譲られたときは、正直驚いた。

(毛髪の影響もあるとは思うが)

子供のころは「いつになったら大人になるのだろう」などと考えていたのを思い出す。

 

いつの頃からであろうか。

四季の移ろいに加速がつき、こんなにも速く一年が経過するようになったのは。

ひととの会話で「ほら、このあいだ」の時期は、

思い起こすと既に10年以上経過しているということがしばしばである。

 

よく歳をとると人間が丸くなるとか、温厚になるとか言われる。

確かにかつては過激な発言や辛辣な物言いをしていた同僚が、

久しぶりで再会すると温厚ですっかり別人になっていたりする。

しかし私の場合はそのようにうまくはいかず、歳を重ねるごとにますます強情で意固地な因業爺の自分が居るのである。

 

同世代の友人たちは体力の衰えを訴え、

「気持ちは昔とちっとも変わらないのに、動けば膝が、息切れが」と口をそろえる。

わたしは持病持ちなので、カロリー消費のため「運動せねば」の脅迫観念で、

最近まで冬季以外は山道を含む10キロ程度の自転車を欠かさなかったこともあり、

さほど体力の衰えは感じていない。

(もっとも自転車の最中下り坂で飛び出してきた猫と接触し転倒、

国立病院の集中治療室に5日間お世話になったこともあったが)

その代わり精神的というか気分的な老化を痛感している。

かつては何をやっても楽しく、面白く、気持ちは弾み充実感があった。

最近は久しくその気分を味わったことがなく、

何をやっても、見ても、食べても、どこへ行っても「うーん。こんなものかなー」と思ってしまうのだ。

かつての何でも輝いてみえたときを思うと、何ともいえない悲しさを感じる。

 

最近、わたしの住んでいるマンションのかたが相次いて認知症になっている。

お二人とも頭脳明晰で快活明朗なかたであったが、その面影はすっかり消え失せ、

無表情で、おひとりは成人した子供がかつて遊んでいた縫いぐるみをもって、

廊下を歩いていたりする。

独居老人なので包括支援センターの職員や、親戚のかたが頻繁に訪れてはいるが、

なんとも心配な状況である。

なによりその落差が悲しい。

わたしが小学生のころ、日本人の平均寿命はたしか65歳くらいだったと記憶している。

たまに身の回りにつじつまの合わない言動の老人がいても「最近ボケた」程度の認識で、

認知症などという言葉も一般的ではなかった。

最近になってアルツハイマー型だのレビー小体型だのと聞くようになった。

 

医学の進歩により今まで不治の病であったものが、治るようになるというのは本当に素晴らしいことで、

病に苦しむ患者やその家族を幸せにするものであるが、他方それによる高齢化により、

老人特有の疾病が顕在化したという一面もあるのかと思う。

 

大変不謹慎な言い方になるかもしれないが、

かつてのように惜しまれつつ終末を迎えることができるというのは、それなりに幸せだったのではないか。

などと老境に入って考えているところである。